ブルックナー 交響曲第九番ニ短調 

今日でまた一つ歳を取ってしまいました(;д;)。
九月九日にちなんで、九番の名を冠する交響曲を採り上げます。百曲以上の交響曲を残したハイドンや、四十以上交響曲を書いたモーツアルトはともかく、あの楽聖ベートーヴェンでも九曲しか交響曲を作曲しませんでした。これ以後の作曲家にとってみれば、交響曲を九つも書くことは至難の業だったようです。シューベルト、ドボルザークやマーラーもそうですし、ベートーヴェンの後継者たらんとしていたブラームスに至ってはたった四曲だけ。例外としてショスタコーヴィチが十五曲交響曲を書きましたが、ベートーヴェン以降、交響曲が作曲の主要なレパートリーとされてからは、そう易々と作曲できるような分野ではなくなってしまったようです。
ブルックナーも死の直前まで作曲していた第九番が、第四楽章を残して未完に終わりました。ただしブルックナーは、交響曲ヘ短調と第0番がありますから、厳密には十一曲の交響曲を書いていたことになります。
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カール・シューリヒト指揮、ウィーンフィル ブルックナー交響曲第九番ニ短調
ブルックナーはこの曲を神に捧げようとしたとのことで、聴いていると何やらこの世の事とは思えないような感じを受けます。いろんな指揮者のCDを聴いてきましたが、やはりこの演奏が一番手にする機会が多いようです。
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同じ指揮者、同じオーケストラでも、五年前のライブ録音だと雰囲気が大分違いますね。前者が静的、後者が動的と云えるでしょうか。曲想に合っているのは前者のように思います。
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オットー・クレンペラー指揮、ウィーンフィル マーラー交響曲第九番ニ長調
代わってマーラーの交響曲第九番です。ブルックナーとマーラーはある意味子弟のような関係にあったのですが、二人の曲自体の印象は全然違っています。ブルックナーが彼岸的なのに対して、マーラーは現世的な感じがします。とりわけ、この二つの九番の交響曲を聴き比べてみると、その違いは明確です。


カール・シューリヒト指揮 ウィーンフィル ブルックナー交響曲第九番ニ短調


レナード・バーンスタイン指揮 ウィーンフィル  マーラー交響曲第九番ニ長調

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フランツ・シューベルト 交響曲第九番ハ長調「グレイト」

春眠暁を覚えずなんて云いますが、確かに冬場よりもよく眠れるようです。とはいえ、長年不眠症に悩んでいるぐらいですから、午前二時には目が覚めてしまいますが。
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今日の音楽は、フランツ・シューベルトの交響曲「グレイト」です。昔はシューベルトの交響曲第九番がこのグレイトだったのですが、十年ほど前からシューベルト研究が進んだのか、八番になり、有名な「未完成」が七番に繰り上がってしまいました。まあ、私なんかはどうしても昔通りの呼び方になってしまいますが(笑)。
実はクラシック音楽の中で、聴くと一番眠くなってしまうのがこのグレイトなのです。それでも不眠症を解消するほどではありませんが。ということもあって、所有しているCDを引っ張り出して聴いてみました。これは第二次大戦中のフルトヴェングラーとベルリンフィルの演奏です。かなり緩急をつけて劇的な表現になっていますが、最初に聴いた時、やっぱり寝てしまいました(笑)。
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これはブルーノ・ワルターとニューヨーク・フィルの一枚です。ナチスのユダヤ人迫害によってヨーロッパを追われたワルターが、アメリカで晩年を過ごした際に録音したものです。こちらは流麗といった感じで、音楽が流れていきます。
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クナッパーツブッシュがウィーン・フィルの定期演奏会でグレイトを振ったCDです。グレイトが眠くなるのは、全楽章で同じ主題を執拗に繰り返していて、それがかなり長く感じられるからだと思います。ブルックナーも眠くなると云われるのですが、シューベルトの比ではありません。昔の大指揮者はそれこそ、手練手管を用いて観客を飽きさせない芸当が出来ました。このクナの演奏が私には一番面白く聞こえます。それにウィーン・フィルの音色が良いですね。今ではもう失われてしまいました。
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最後に二十一世紀まで生きていた、ギュンター・ヴァントとミュンヘン・フィルの演奏です。彼は曲の構造を徹底的に分析して、同音を響かせれば良いのかに執着していた指揮者です。彼の演奏を聴いていると「あれ、こんな箇所あったかなぁ?」と思うことが度々あり、非常に勉強になるような気がします。
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この前のサワーキャベツと同じ材料を使って、もつ鍋風にしてみました。といっても、もつ鍋なんて食べたことがないのですが(笑)。
ピリ辛な味が、ウィスキーのハイボールにはよく合いました。
今回はちょっとマニアックに過ぎますがコメント欄は開けてあるので、鍋に対するコメントだけでも結構です。宜しくお願いしますm(_ _)m。

プッチーニ 歌劇「トスカ」

今日はイタリアのオペラ作曲家、ジャコモ・プッチーニの歌劇「トスカ」です。
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プッチーニの作品の中では、ラ・ボエームや蝶々夫人と共に、このトスカが代表曲となっています。とりわけトスカは、物語のドラマティックさと登場人物の心理描写となるアリアが秀逸で、非常に人気が高い作品となっています。
物語は、ナポレオンがヨーロッパで戦線を拡大していた時、政治犯として刑務所に入れられていたアンジェロッティが脱獄し、それを友人の画家カヴァラドッシが匿った為に、警視総監スカルピアに逮捕されてしまいます。カヴァラドッシの恋人トスカは、スカルピアに彼を助けてほしいと懇願しますが、スカルピアはトスカが自分の物になるなら…と迫ります。ここでトスカがアリア「歌に生き恋に生き」を歌い、自身の苦しい心情を吐露します。スカルピアは形だけの死刑にして、逃亡させてやると約束してトスカに近づきますが、彼女は隠し持っていたナイフでスカルピアを殺します。
次の日の明け方、サンタンジェロ城で処刑されることが決まったカヴァラドッシは、最愛のトスカを思いアリア「星は光りぬ」を歌いながら涙します。そこへトスカが面会に訪れ、実は処刑は形だけなので、その後一緒に逃げようと彼に告げます。
しかし死刑執行の際、銃殺は本当に行われてカヴァラドッシは死んでしまいます。処刑の様子を最初は余裕で見ていたトスカでしたが、彼が死んでいることに気づくと狼狽して泣き崩れます。そこへスカルピアが殺されたことを知った部下達がやって来て、彼女を捕らえようとします。トスカは追手を逃れて、サンタンジェロ城の城壁から飛び降りて自ら命を絶ち、物語は終わります。

この曲に関しては、マリア・カラスがトスカを歌うデ・サーバタ指揮、ミラノ・スカラ座管弦楽団が永遠の名盤とされています。

バルトーク「管弦楽のための協奏曲」 ライナー指揮 シカゴ交響楽団 

今日は二十世紀に活躍したハンガリーの作曲家、ベーラ・バルトークの「管弦楽のための協奏曲」です。
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バルトークは第二次世界大戦前、ナチスやファシストに反対して、アメリカに活動の場所を求めました。しかしアメリカでの活動は思うようにならないばかりか、自身が白血病を患うようになり、生活も困窮していました。そこでライナーやシゲティなど、ハンガリー出身の音楽家仲間が一計を案じ、ボストン交響楽団の音楽監督だったクーゼヴィツキがバルトークに作曲を依頼するという形で生まれたのが、この「管弦楽のための協奏曲」です。この曲は、オーケストラのいろいろな楽器が、あたかも協奏曲の独奏をするような面白さがあり、オーケストラからすれば技術的にはかなりの難曲であるにもかかわらず、非常に人気の高い曲となっています。もちろんバルトークが生涯研究していた民族音楽の色合いの濃い第三楽章のエレジーや、トランペットのファンファーレに始まって、弦楽器の無窮動から次第にフィナーレへと盛り上がってゆく終楽章など、個別の聴きどころも満載です。CDはショルティ・シカゴ響の方が録音は良いのですが、同じシカゴ響でも、私はどうしてもこのライナー・シカゴの方を選んでしまいます。

明日は久し振りに一色漁港へ行ってみようと思っています。それについては金曜日に。 

ハンス・ホッターが歌うシューベルト「冬の旅」

久し振りのCDレヴューです。今日は不世出のワーグナー歌手、ハンス・ホッターが歌うシューベルトの「冬の旅」です。
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シューベルトの冬の旅は、これまでにも多くの歌手が歌ってきました。世間ではハンス・ホッターとフィッシャー・ディースカウが双璧とされていますが、ワグネリアンな私は当然ホッター一択なのです(笑)。
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ホッターといえば、ワーグナーの「ニーベルングの指輪」における、神々の王ヴォータンの神々しい声をすぐに連想します。
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あるいは「パルジファル」における老騎士グルネマンツの朗々とした声の響きですね。この二つをとっても、他に代えがたい存在であることは明らかです。
「冬の旅」のホッターは、ワーグナーのように神掛かっているというよりも、何やら朴訥とした印象を与えるかもしれません。独特の癖のあるバスバリトンの声を聴くだけで、何故かホッとしたような気分になるというのは何故でしょうか?そもそも歌自体が絶望的な内容なのですが、彼の声にはそれを和らげてしまうような感覚があります。フィッシャー・ディースカウのように、技巧を尽くした歌唱ではこうは感じられないように思います。