三河一向一揆の拠点 本證寺 その二

昨日の続きです
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本證寺の御本尊である、阿弥陀如来立像です。本證寺は鎌倉時代の創建とされていますが、一向一揆鎮圧後、家康に他の宗派への改宗を迫られ、それを拒否したので廃寺となりました。現存しているのは江戸時代に再建されたものです。
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とはいえ、本堂を飾る欄間を見ても、芸術的な価値はありますね。
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ここは厨です。これも江戸期の建物です。
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本来なら、厨の中を見ることは出来ないのですが…。
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厨の外へ出て、道沿いを歩くと何やら土手のようなものが…。
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実はこれ、土塁だったのです。二重に土塁が作られて、空堀がありました。これはまさに戦国時代の遺構で、まさにここが家康との戦いの拠点だったことを物語るものです。
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本堂の裏手には、高さ2ⅿ以上の大きな鬼瓦があります。三河地方は瓦造りが盛んな土地であり、隣の高浜市は三州瓦の生産地として有名です。ただしこれだけの鬼瓦を作ることが出来る職人はほんのわずかしかいないようです。
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この瓦は、市内の藤井町で作られたもののようでした。
身近な場所に、三河の歴史を刻んできた寺が存在していることを再確認することが出来ました。
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三河一向一揆の拠点 本證寺 その一

安城市の南、野寺町に本證寺という寺があります。今年の三月に国指定史跡として登録された浄土真宗大谷派の寺院で、戦国時代三河一向一揆の拠点となった寺なのです。
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本證寺は建永元年(1206年)頃、親鸞門侶の慶円により開創されたといいます。
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親鸞や蓮如とも縁が深いようです。
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本堂です。
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本堂の北東に位置する鼓楼。その傍には堀が…。寺院というよりも城のようです。
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鐘楼です。四か所の柱が三本づつというのは珍しいのでは?
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経蔵です。
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本堂の梁にあるのは…なんと象!

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